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第7回 ジェイ・グレイドン・バンド来日公演

2007.09.03 POSTED

 今回もまたまたジェイさんの話しでいきましょう。
ジェイさんのバンドはこれまでに2回、日本公演を行っています。
1回目が1994年で2回目が1996年。メンバーは1回目がビル・チャンプリン(vo/g/key)、ジョセフ・ウィリアムス(vo)、シャーウッド・ボール(vo/g)、ビル・キャントス(key/vo)、ケンジ・サノ(b)、パット・マステラット(ds)、ジョン・ヴァン・タングレン(key)、スティーヴ・ポーカロ(key)、そして2回目がビル・チャンプリンの替わりにトミー・ファンダーバーク(vo)、ジョン・ヴァン・タングレン&スティーヴ・ポーカロの替わりにジェイ・オリヴァー(key)、パット・マステラットの替わりにトリス・インボーデン(ds)、そして、ネッド・ドヒニー(vo/g)もそこに加わり、といった超豪華な面子でした。
1回目に関しては厳密に言うとさらに3人メンバーがいまして、何れもバック・コーラスを担当。
タマラ・チャンプリン、エイミー・ウィリアムス、ジャネア・チャドウィックという3人なのですが、タマラはビルの、エイミーはジョセフのそれぞれ奥様で、ジャネアは当時のジェイさんのガール・フレンドでした。
つまり! 奥さん(彼女)同伴があり得た、バブリーな公演だった、というわけです。好い時代でしたね。
だって、1人加わる度に顎足枕代、グッと増えるわけですからね。
ちなみに、ジェイ・グレイドンのCDが当時リリースされていたのは、確か、日本、スウェーデン、ドイツの3カ国で、日本公演の後はその足でスウェーデンに行き、そこでもライヴを演ったわけですが、流石に、奥様/彼女陣はそちらには付いて行けず(もちろん、予算の問題でしょう)、その分、メンバーの結束が強まった好いライヴだった、みたいな台詞を耳にした記憶があります。
 さて、このジェイ・グレイドン・バンドのライヴですがーー音楽誌「アドリブ」にも今年の初夏に書いているので、ダブってしまうかもしれませんがーーリハが凄かったんです。
もう、そこまでするか、ジェイ・グレイドン! みたいな。
その音楽性からしたら誰もが容易に想像出来ますが、ジェイさんは本当に完璧主義者。リハも2週間ぶっ通し、しかも、皆でキメの振りをするでも何でも無くただただバンドの音合わせを綿密に、完璧に。
で、最初の音合わせまでにジェイさんが当日演奏する曲の音を各人に配付するんですが、それが圧巻! 基本的には2本のカセットが配られた、と想定して下さい。
1本は、それらの曲のいわゆるレコード・ヴァージョン。まずはそれで全体像を掴みます。
そして、もう1本のカセット、これが笑っちゃうんですが、そこには各人のパートのみが収められている、例えば、ビル・キャントスにはキーボードの音、それももちろん、自分が演奏すべきキーボードのパートのみ、ジョン・ヴァン・タングレンにも彼が弾くべきパートの音だけが入っている、という綿密さ。
これって、マルチ・テープが手元にあれば、そこから各パートを抜き出すことは決して難しくないですが、でも、エアプレイのような昔の曲はどうしたんでしょうかね?
 実際にテープを渡され学習(?)していったビル・キャントス曰く、昔の曲もそういう風に収められていた、とのこと。
実際にそのテープを聴いてみたかったです、どうやったのだか。
 で、ハッキリ言って、キーボードも、コーラスも、自分の役割分担さえ理解すればそれほど難しいものではないですよね、なにしろ、何れもがL.A.のスタジオ・シーンのトップ・クラスに立つセッションマンでもあるわけですから。
耳でコピーも、譜面通り演るも、全く問題ないでしょう。
が、しかし、ひとつ、大きな問題が生じてしまいます。レコードではジェイさんが独りでオーヴァーダブしていた、入魂のギター・ハーモニー・パートの再現です。
ジェイさんが”WireChoir”(弦によるコーラス隊)と呼ぶそのパートをステージで再現すること、それこそがジェイ・グレイドン・バンドのライヴにおけるハイライト、そう考える彼ですから、そこにはそれこそとんでもない時間を掛けたのではないでしょうか?
 例えば、ピアノで「C=ド」の音を弾くとしたら、基本的には叩く箇所はひとつだけです(もちろん、オクターヴ、オクターヴで鍵盤の位置は変わりますが)。
が、しかし、ギターで「C」の音を弾く時、それが果たして、5弦の3フレットを押さえた「C」なのか、6弦の8フレットを押さえた「C」なのか、或いは、その1オクターヴ上の「C」を弾く時も、2弦の1フレ、3弦の5フレ、4弦の10フレ、など押さえ方は複数ありますし、さらにチョーキングという、左手で押さえた弦をそのまま上下に持ち上げる(下げる)手法を使えば、今言った「C」も3弦の4フレ、4弦の9フレ、など、また違ったポジションでその音を出すことが可能なわけです。
そして、ポジションの違いによる細かなニュアンスの違い、そこにこそジェイさんの拘りは集約されるわけで、ジェイさんのワイヤー・クワイヤーをレコード通りに再現するにあたっては、ポジショニング、弾き方、これも本家そのままではなくてはならない、そうなるわけです。
で、2回目の来日公演など、その3パートのギター・ハーモニーを、ジェイさん、シャーウッド、そして、ネッドの3人で再現したわけですが、本業がフォーキー・ソウルなSSW:ネッド・ドヒニーに、ジェイ・グレイドンのコピーをさせる、そんな考えられない行為を選択したのですから、これはそれこそかなり大変だった模様。ネッドはハッキリ言って、無茶苦茶ギター巧いと思います。
でも、それはあくまでも、アコギを使って、歌の伴奏を演った時、に最も輝くものであって、エレクトリックで<After The Love Is Gone>のハーモニーを演った時に光るものでは全然無い、という感じですよね。
事実、リハの初期段階では、「こりゃあ無理だ...出来ない....」と諦めムードが漂ったとか....。
しかも、そういった伴奏以外でネッドがフィーチャーされたのはと言うと、これが、彼の書いた名曲<Whatcha Gonna Do For Me>でリード・ヴォーカルをとっただけ、という、これはある意味、非常に勿体ない人選ですよね。
ネッドを参加させたのだったらもう2〜3曲フィーチャーするべきでしたし、歌うのがその1曲だけだったら、それこそ、他に候補に上がったロビー・ネヴィルのほうがよっぽどスムースにワイヤー・クワイヤーを再現させただろうな、と。
彼をフィーチャーして<Someone>(ジェイさんとロビーの共作。エル・デバージがレコーディングし、1986年にスマッシュ・ヒット)なんか演ってくれたら、もう、それこそ涙モノですよね!

 それでは、次回は、中田が考える、ジェイ・グレイドン・バンド、そのドリーム編成、をお届け致しましょう。エアプレイではないので、フォスターさんはこの際、入れず、あくまでもジェイ・グレイドン・バンドとしての理想編成に迫ります!

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ジェイ・グレイドン・バンド ドリーム編成の人選
亡くなった人も候補に入れて欲しいです。

じぇふ ぽーかろとか、じぇふ ぽーかろとか・・・


TJ  2007.09.04 POSTED
AOR系大人の音楽情報コラム

2回目の公演にて
ぼくは1回目の来日公演は仕事の都合でいけませんでしたが(中田さん、1回目のkey、Pro担当はアナウンスではジョン・ヴァン・タングレンではなくスティーヴ・ポーカロだったような気がしたのですが!?)、2回目は五反田ゆうぼうと簡易保険ホールでの公演に2回行くことができました。
このコンサートの目玉はなんと言ってもVoice of Airplayことトミー・ファンダーバークだったのですが、ネッド・ドヒニーがどんなポジションなのかということも気になっていました。ぼくは友人と予想しあっていたいたのですが、結果はパフォーマンス、歌う曲ともに2人で予想したとおで、ネッドの活躍は中田さんの記したとおりかなり寂しいものでした。
しかし、メンバー紹介ではジェイやトミー以上にいちばん熱い声援を受けていましたし、
また中田さんが記していらっしゃった心配を他所に、初日の<After The Love Is Gone>でのジェイ、シャーウッド・ボール、ネッド3人のハーモニーはピッタリで、ジェイさんが思わず両側の2人に満面の笑顔を見せながら親指を何度も振って見せていました。とても感動的であり、微笑ましくもあったので昨日のことのようにはっきり覚えています。

後日小さなライヴ・ハウスで行われた公演には行けませんでしたが、そこではジョゼフ・ウィリアムズのモノマネ大会があったり、ジェイさんモデルのギター・プレゼントがあったり物凄く盛り上がったそうです。

この来日中あるキッカケでビル・キャントスとトミーとお近づきになれまして、当時まだリリースされて間もなかったソロ・アルバムと”King of Hearts”にサインしてもらったり、いろいろ貴重な話を聞かせてもらったりしました。


ガチョウ倶楽部 URL 2007.09.04 POSTED
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プロフィール
中田利樹
AORに人生を捧げ、音楽ライター、FM-DJ、そしてAOR専門レーベル“COOL SOUND”オーナーとして名盤及び貴重盤のCD化で活躍中。


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